西田敏行はどんな病気だったのか?病歴や闘病生活について

西田敏行はどんな病気だったか?病歴や闘病生活について
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俳優の西田敏行さんが2024年10月17日、東京都世田谷区の自宅で亡くなりました。

享年76歳です。

亡くなった原因は病気だと考えられています。

西田さんは23年ほど前から、いくつかの重い病気を患っていました。

どんな病気にかかっていたのでしょうか?

また闘病生活はをはどんなものだったのか。

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目次

西田敏行はどんな病気を患っていた?

西田敏行さんは、健康に関していくつか大きな問題を抱えていました。

2001年あたりから重い病気にかかるようになってきています。

2001年に首の骨に問題が起きて、手足がしびれるようになりました。

これがきっかけで、歩くときに杖が必要になりました。

2年後の2003年には心臓の病気である心筋梗塞になっています。

命の危険があるほど重症でしたが幸い一命を取り留めました。

2016年には、ベッドから落ちて首を痛めてしまい手術をすることになりました。

そして、その手術のすぐ後に今度は胆のうという内臓に炎症が起きてしまいました。

これらの病気の影響で西田さんは主に車椅子を使って生活するようになりました。

歩くことはできますが、とても難しくなっていて必ず杖が必要だったといいます。

他にも、糖尿病や高血圧という持病もあるので、食事には気をつけないといけなかったのだとか。

塩分を控えめにしたり、膝にも問題があるので体重管理もしています。

しかし、西田さんはこんなに大変な状況でも、俳優の仕事を頑張り続けたといいます。

病歴と状況まとめ

2001年11月:頸椎症性脊髄症

首の骨が変形し、手足のしびれなどの症状が出現。

頸椎を痛めた影響で、主に車椅子を使用しています。

この頃から歩行時に杖が必要になった。

2003年3月:心筋梗塞

緊急入院し、生死の境をさまよう。

2016年2月:頸椎亜脱臼

自宅のベッドから転落し、首を痛める。

4月に手術を受ける。

2016年4月:胆のう炎

頸椎亜脱臼の手術直後に発症。

西田敏行さんは糖尿病や高血圧の持病の他、膝にも問題を抱えていました。

西田さんの奥さんが言うには、こんな状態になっても役者を続けるために一生懸命頑張って体調を整えようとしていたと言います。

奥さんは、西田敏行は「死ぬまできっと現役」と語っています。

西田敏行について

  • 名前:西田敏行(にしだ としゆき)
  • 生年月日:1947年11月4日(享年76歳)
  • 出身地:福島県郡山市
  • 職業:俳優

西田敏行さんは、日本を代表する有名な俳優さんでした。

福島県で生まれた西田さんは高校を卒業した後、大学に進みましたが途中で辞めてしまいます。

そして23歳のとき、劇団に入って俳優としての道を歩み始めました。

西田さんは、映画やテレビドラマで大活躍しました。

特に映画「釣りバカ日誌」シリーズでは、21年間も主役を演じ続けました。

他にも「学校」や「池中玄太80キロ」など、たくさんの作品に出演しています。

実は、西田さんは俳優だけでなく歌手としても成功しています。

1981年に「もしもピアノが弾けたなら」という歌を出して、大ヒットしたんです。

西田さんの演技は多くの人に認められ、国からも表彰されました。

2008年には紫綬褒章という賞をもらっています。

最後まで俳優として活躍し続けた西田敏行さんは、2024年10月17日に76歳で亡くなりました。

西田敏行さんは独特の演技と幅広い役柄で、たくさんの人に愛された俳優さんです。

まとめ

西田敏行さんは2001年から重い病気にかかり始め、持病もあることで車椅子生活となりました。

杖をつかなければ歩くことができなかったと言うので、大変な思いをしたと思います。

しかし、奥様が言うには気力は衰えることはなく、最後まで役者として人生をまっとうしたようです。

西田敏行さんの死因は病気とありますが、複数の病気が重なったと思われます。

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